時計旋盤のチャックスレッド部の寸法に関しまして
どうしても時間が取れずに、更新がすっかり遅れてしまいました。旋盤の整備もありましたが、複数の方からポンス台のご依頼を受けましたので、本当に久しぶりのことでしたが、その整備にとんでもなく長い時間を要してしまいました。実のところいまだにすべてが完了したわけではないのですが。
それに加えて、一か月ほど前から質の悪い風邪症状に苦しめられておりまして、いまだに完治出来てはいないのですが、ようやく仕事に集中できるまでには回復いたしました。
コロナでもインフルエンザでもない、喉症状をベースとするいく種類ものしつこい風邪が流行っているようです。皆さんもお気を付けください。
さて前回の続きといたしまして、チャックのスレッド部分のサイズに関しまして書かせていただきます。
WW8ミリチャックの場合、基本的にはスレッドサイズは、0.275-40です。
つまり直径が0.275インチ(6.985mm)、ピッチが1インチあたり40ピッチ(0.635mm)ということになります。
一度話が少しそれますが、私がくどいほどいつも8㎜チャックという言葉の前にWWと記載しているのには理由があります。
それは同じ8㎜チャックでも、ネジ部直径が7㎜弱ではなく、8㎜弱の別規格の物があるためです。
また、長さがスタンダードの物に比べて5㎜ほど長いロングチャック仕様も存在いたします。
まず前者ですが、いわゆる8㎜LARGEという規格です。
主にアメリカで製造されていた仕様で、チャックの容量(何ミリまでのワークがチャック内部をスルー出来るかのサイズ)を大きくする為に考えられたものです。
その後この中途半端な規格が、中古チャックを買おうとする人達を随分と苦しめることになってしまいました。
現物を目の前にして買う場合はまず問題になることはないのですが、ネット社会となって、ebayなどのオークションで買う場合に、8㎜チャックとの記載があれば、不慣れな方の場合には何の疑いを持つことなく、自分のWW規格の旋盤に使用出来るものと思い込んでしまうのも無理のないところだと思います。
LARGE規格は主流ではなく人気がないために、高値で売りたいと考える出品者が、チャックスタンドに立てられた状態の画像のみを使用して、説明には8㎜チャックとだけ記載し、多くのケースで意図的にそれ以上の説明を省くことにより起きる、半ば犯罪的な行為です。
確かに8㎜チャックであることに間違えはないわけですので、クレームをつけることも出来ずに、買わされた人が同じようにして販売にかけるという悪い連鎖を生んできました。
ですからネットで買われる時などで、この点に言及していない場合には、事前にLARGEではなくWW8ミリ規格であるかを必ず問い合わせすることをお勧めいたします。
後者のロングチャックの場合も、まったく同様の意味合いから意図的にその点を隠していることが多いですので、長さがスタンダードサイズであることも併せて確認する必要があります。
また、まさか間違えるはずがないと思われるのも当然ですが、不人気の6㎜チャックを何の説明もなく写真だけで販売にかけているケースもよく見かけますので、チャックの写真だけでこれを判別するのは意外と難しいことですので意識にとどめておいてください。
話を元に戻します。
チャックのスレッド部分が原因で装着の可否が生まれる要素としては、まずは何といってもネジピッチの問題が上げられます。これは時計旋盤を扱っていられる方であればどなたもご存じの事であろうと思います。
WW規格は40ピッチですので、1ピッチ0.635㎜ということになりますが、わずかにピッチの小さい0.625㎜の物も多く存在していることから生まれるトラブルです。
事態を難しくしているのは、ボディサイズと同様に、メーカーによる色分けが明確には出来ないという点です。
0.625㎜勢の代表としてたびたび話題に上がるのは、ドイツのLORCH製のチャックですが、それ以外の0.635㎜勢とされているメーカーのチャックでも、かなりの頻度で0.625㎜の物が現実的には流通しています。明確な区別がなされてこなかったことが、現在でも変わらずにトラブルの原因になっているのです。
特定の難しいこの混在は、チャックのネジ部をダイ(ダイスは複数形を意味しますので、私はダイと記します)で修正したことによって起きた結果ではありません。修正をした物は見分けが付きます。
LORCHの場合は、WW規格のドローバーでチャックを引き込んでいきますと、ピッチの齟齬から、ちょうどワークが固定できるかどうかの境目のあたりで止まってしまうことが多いです。
最後まで引き込めるのかどうかは、ヘッドストック内でチャックとドローバーがどれだけの分量(長さ)で噛み合っているかで多くが決まります。
個体によって微妙にチャックの長さは違いますので一定にはなりませんし、加えて双方のネジ山の消耗の度合いでも多少の違いが生まれますので、双方の複合的な要素でその位置は決まってきます。
その結果、ピッチの齟齬で止まったのか、引き切ったことで止まったのか容易には判断がつかない微妙な状態となることも多く、固定できていると感じていても、実際は引き切れていないことが原因で振れが起きていたといったケースは意外なほどに頻発しているのです(勿論、引き込みが不十分な場合は、加工時にワークが動いてしまって分かることもあります)。
普段から、ドローバーをしっかりと引き締めることの重要性をお伝えすることが多いのですが、その最後のひと引きが出来ていないのですから、多少の振れが出るのも当然なわけなのです。
また、他の要素で初めからスムースには入ってくれないこともありますので、このケースに関しては後で述べさせていただきます。
さらに具体的なケースとして、例によってまたG.BOLEYの場合ですが、オリジナル的には0.625㎜で製造されておりました。
しかしその後WW規格の旋盤を製造し始めて、そのタイミングに合わせてのことなのでしょう、以後0.635㎜で製造することになります。
その結果、海外の多くの文献ではG.BOLEYは0.625㎜勢ということになっておりますし、新品のチャックやダイ等を販売している海外の一部の業者は、G.BOLEY用として0.625㎜ピッチの製品を現在でも設定し、販売をしています。
しかし、中古市場で流通しているG.BOLEYチャックの絶対多数はWW規格旋盤で使用できる、0.635㎜の方だというのが私の実感です。
ただ、私の仕入れ元がどちらかと言えば、ヨーロッパよりもアメリカに偏っていることが私の印象に影響している可能性は否定出来ません。
アメリカのWEBSTER-WHITCOMBの場合、書籍『THE MODERN WATCHMAKERS LATHE AND HOW TO USE IT(現在入手できる書籍のうち、時計旋盤に関して一番詳しく書かれている本です)』では通説通りに0.635㎜とされていますが、イギリスの時計学の教育機関であるBRITISH HOROLOGICAL INSTITUTEが発行する、比較的権威あるBHI HOROLOGICAL JOURNALでは0.625㎜とされています。
この企業はWW規格を生み出したメーカーですので、当然0.635㎜で製造していたはずです。
しかし、実際には0.635㎜や0.625㎜と言える物も確かにありますが、私の印象としては0.635㎜よりごくわずかに小さ目の、双方の中間ともいえるピッチの物が一番多いというのが実感です。
これの場合、ヘッドストックの外でWW規格のドローバーにねじ込みますと、最後まで入りはするのですが、一切の余裕がほぼなくなる状態となって止まります。
ドローバーの状態により差はありますが、0.625㎜のチャック場合には、ピッチ以外の要素も加わり、ネジ部半部ほどのところで止まってしまうことが多いと感じています。
DERBYSHIREも上記書籍では、0.635㎜とされていますが、これもWEBSTER-WHITCOMBと同様にピッチが微妙に小さい物が実際の多数派のように思います。
実はDERBYSHIREにはわざわざメーカー名の後にWWと記載されているチャックもあるのですが、これとても0.635㎜よりわずかに小さいピッチになっていると思います。
また、上記ジャーナルでは、SCHAUBLINは0.625㎜とされていますが、今私の手元には典型的な0.635㎜のSCHAUBLINのチャックがあります。
といったところが実情です。対策としては、まずは問題のあるチャックをしっかりと識別することが重要であると考えます。
これは多くの時計旋盤ユーザーの方々と接してきたことから帰結する、私の推論ですが、多くの方がチャックの引き込み時に、最後の方でドローバーの回転が不自然に重たくなってくることを意識していたとしても、チャックがとりあえず最後まで入ってくれれば、それ以上この点を問題としてとらえることはないのではと懸念いたしております。
通常の中古チャックセットには様々な状態の物が混在しているのが普通です。従いまして、本来のWW規格旋盤で0.625㎜のチャックを使用するための対策としてドローバーを0.625㎜の物に交換してしまうわけにはいきません。
そこで現実的な対応策としては、精度を狂わせることなくチャックスレッドを修正して使用するということに尽きるのではと考えます。
そこで普通はチャックのスレッドを40ピッチのダイで修正することになりますが、この場合スレッドの奥側(チャックのヘッドに近い側)のネジ山が少し細ります。
しかし、通常の使用ではヘッドと反対側のネジ山が消耗して細ることが多いですので、まず寿命に影響が出ることはないですので、過剰な心配は不要です。
ただし、ダイイングをする時に、チャックをうまく固定いたしませんと、分割されている部分は簡単に変形いたします。精度を回復させるためにこれを完全に修正することはまず不可能ですので、変形させないよう十分な注意が必要です。
分割されている箇所は掴まずに作業を行うべきであるのは当然ですが、知らないうちにその部分も押さえてしまっていて、気が付くと変形していたという事態は容易に起こり得ますし、分割されていない部分であっても単純に万力で固定するようなことをいたしますと、真円が壊れます。
こうした場合、チャック内にぴったりと収まるワークを中に入れ込んだ状態で固定する等をいたしますと多少は良いかと思います。ただし、メーカーによっては、この方法をとることが出来ない物もあります。
私の場合は、チャックのキーウェイ部分に対応したダボを持ったジグを作成して固定いたしますが、これとても完璧な方法であるとは考えておりません。
また、ダイ自体の選択も、過大な力で固定する必要のないように、サイズ調整できるタイプの物を使用して徐々に絞っていくようにすると良い結果に結びつきます。
ピッチ以外の要因でドローバーに入っていかないケースも当然あります。
まずは、ネジ部直径が大きいケースです。この部分の規格も、メーカーごとに設定されており、それぞれ微妙に違いますし、メーカーが決まれば直径が必ず同一になっているということでもありません。
また、ネジ山の7合目から8合目のあたりが過大な(ネジ山の峰が太い)場合もあり、こうした場合は、ダイイングをしてもうまく修正できないことが多いです。
こうした場合の修正は、具体的な方法は控えますが、ネジ部を露出した状態で、チャックを旋盤で咥えて極低速で回転させて、ネジ部の問題の箇所を手バイトで切削して対処いたします。
この記事の目的は、私が販売している旋盤やチャックは、上記の観点から、こうした必要な整備をすべて行っていることをお伝えしたかったということもあります。
しかし、私からお求めいただいていない時計旋盤ユーザーの方々に対しましても、下記のようなシンプルなことでありながら、実際には対応されていない点もあるのではと考え、是非お伝えしたいとの思いもあってのことです。
今回の記事の要点は、チャックとドローバーネジ部のありようで、チャックをうまく引き込めない時が多くあり、(ヘッドストック外で)とりあえず最後までねじ込むことが出来る場合であっても、その接合部でチャックが固定されてしまうような状態では、旋盤の精度がどれだけ良いものであっても、精度を発揮することは出来ないということです。
チャックメーカーによる違いなどについて、くどくどと書きましたのは、皆さんが想像する以上にチャックがあるべき状態でヘッドストック内に収まってくれていない事態が頻発しているということをご理解いただきたいがためです。
ドローバーの先端で、チャックが自由に遊ぶことが出来るアガキが、精度のためには絶対に必要なのです。これは非常に重要な点ですので、是非ご留意いただき、ヘッドストック外で、すべてのチャックがドローバーの先端で遊んでくれているかをチェックしてみてください。
またこれは別な要素ですが、ご使用になられているドローバーを長く整備していない方には特に言えることですが、一度タッピングをしてみてください。
そしてその後に必ずパーツクリーナーを使用して内部の汚れとタッピングの削りカスをしっかりと飛ばしてください(この方法以外では内部をクリーンにすることは出来ません)。
タッピングがスカスカで削ることが出来なかった場合でも、クリーナーでの掃除は必須です。これは必ず行ってください。ネジ部のその後のオイリングもまた必須です。
こうしたタッピングと清掃だけで、(特段の問題を抱えていない場合であれば)ヘッドストックの精度はかなり改善してくれるはずです。また、チャックにアガキを与えることにも多少貢献してくれます。
最後に、
私の知る限りですが、チャックピッチに混在のないメーカーとしては、LEVIN、MARSHALL(主にPEERLESSブランド)、HARDINGE(DALEブランド)、BOLEY LEINENを挙げることが出来ます。4社ともに0.635㎜です。
2023年12月04日 15:24
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