時計旋盤のチャック寸法による旋盤への装着の可否について
せっかくこのサイトにきて下さっている方々にはお詫びいたします。
ホームページを開設したことが大きいと思いますが、おかげさまで現在多くのバックオーダーを抱えている状態でして、この数か月は新規のご注文を受ける為の打ち合わせ自体も休止させていただいておりました。
まだまだ完了していないご注文もあるのですが、つい最近打ち合わせの受付は再開させていただきました。オークションへ出品する時間を作ることは、まだしばらくは難しいと思いますので、何かご入り用の物などがございましたら、お気軽にお問い合わせください。
お客様から様々なリクエストをいただき、それらに対応させていただいていくことに、忙しさの最中にあっても、改めて強いやりがいを感じることが出来ていて、これはとても幸せなことだと思っております。
さて今回は、チャックの話をすこし書かせていただこうかと思います。
旋盤、チャック類を含めて、全て同一メーカーでしかも新品でご購入されている方の場合には、あまりご苦労されることはないかと思いますが、現実的には多くの方にとって避けることの出来ない課題だと思います。
画像をご覧いただきたいのですが、これは状態の良い、G.BOLEY社製のコレットチャックです。そのボディー寸法をマイクロメーターで計測しております。
チャックの太さなどは、どこかの原書に載っている各メーカーの一覧表を見れば済むことだろう、とそう思われてしまっても当然なのですが、今回は正しくそうしたことについての話題ですので、少しだけお付き合いください。
こうした厳密に計測して7.99㎜ほどのチャックを、私は個人的に8㎜フルサイズと呼んでおります。
このチャックを、当方の在庫する全てのG.BOLEY製旋盤へ装着を試みてみました。
その結果、半数以上の旋盤にはどうしても装着することが出来ませんでした。
同じメーカーであるにもかかわらずです。
中古時計旋盤では、ダボを作り直してある物も多いですので、過大な物の場合は適正なサイズに修正をいたしましても、やはりそのことでは装着の可否は変わりませんでした。
一方で、一般に流通しているチャックはどちらかと言いますと、私がシンタイプと呼んでいる、もう少しだけ細いタイプであることが多いと思います。
この多少細いタイプのチャックボディ寸法(直径)は、メーカーにもより幅がありますが、多くの場合で、7.95㎜ほどから7.980㎜ほどに集約されるかと思います。
皆さんがご使用中のチャックを計測していただけましたら、どちらかと言いますとシンタイプであることの方が多いかと思います。
ちなみに、G.BOLEY製のチャックも多くがこのシンタイプです(ご心配なく)。
確認の為に、G.BOLEYのスピンドル内径をダボの手前で計測してみますと、装着可否の実態が見えてきました。
明らかに旋盤本体も2つのグループに分けることが出来るようです。
装着が出来るグループのスピンドル内径は8.00㎜ほどですが、不可のグループは7.98㎜前後でした。内径の計測では厳密な数値を求めることが難しいですが、ミツトヨ製の専用のゲージを使用して可能な限り正確に計測をいたしました。
計測誤差ほどのわずかな違いではありますが、スピンドルもチャックも、この100分の2㎜ほどの差が、実際の装着の可否を分けています。
同じG.BOLEY製ですが、どうやら旋盤、チャックともに2種類の規格に基づいて製造がなされていたことに間違いはなさそうです。
G.BOLEYの旋盤は、メッキ仕上げと、ハンマートーン塗装仕上げの物が製造されておりました。
調べてみた結論として、当方で在庫するすべてのハンマートーン塗装仕上げの旋盤にはフルサイズのチャックの装着が可能でした。
メッキ仕上げの内、比較的外装がきれいな物も装着が出来るグループに入ることが多いように感じました。その割合を見た場合、出来ない物の方が多数派です。
ハンマートーンの物には新品や新同品状態の在庫品があり、それらはあたりがついていないためか、少しきつめではありました。そのため、ごく最近までは装着が出来ないと思い込んでおりました。この記事を書くにあたり、再度装着試験をいたしましたところ、ぎりぎりではありますが、装着することが出来ることに気が付きました。そのことから、ようやく上記の結論に到達することが出来た次第です。
ハンマートーン塗装タイプはG.BOLEY社の晩年期に製造された物であり、初期から中期の物はメッキ仕上げであることが分かっております(一部にハンマートーンではない通常塗装仕上げの物が初期型にありました)。
ちなみに、プーリーに目を向ければ、初期型がベークライト製、中期には鉄製となり、後期には、非常に稀ではありますがアルミ製の物もありましたので、その辺も年代を判断するのに役立ちました。
仕様の変更が行われたのがいつであるのかを明確にすることは出来ませんでしたが、旋盤スピンドル内径のデーターからも、シンタイプチャックの存在は明らかで、チャック達が磨かれた結果として細くなったのではないことが分かります(勿論、多少細くされている物もあるでしょう)。
また、G.BOLEY F1が3台あり、1台は初期型のグレーの通常塗装、2台は最終型のハンマー塗装タイプなのですが、フルサイズのチャックは、初期型の通常塗装の物には装着が出来ませんでした。これらの結果も上記の仮説を裏付けてくれています。
その測定値としては、初期型のスピンドル内径は7.98㎜ほどであり、最終型の内径は8.00㎜でした。
G.BOLEYでは、何らかの理由により、その歴史の中で製品の規格を途中で変更したのであろうことはほぼ間違いのないところだと思います。
これは私の推測ですが、その原因はG.BOLEY社がアメリカ市場を重視しなければならない状況におかれていたことと関係があったのではと私は考えております。
G.BOLEY社は、WEBSTER-WHITCOM社が作ったWW規格の旋盤を模倣し、アメリカにも輸出攻勢をかけておりました。その結果、アメリカ国内の旋盤メーカーから「G.BOLEYは、アメリカの物まねをして、大儲けをした」と揶揄されるほどに成功を収めていたようです。
一方で先建のアメリカ勢のコンペティターとして、老舗のWEBSTER-WHITCOMやその後現れるDERBYSHIREではフルサイズの規格で旋盤やチャックを製造しておりました(詳細は省きますが、両社には同じ技術者が関わっておりますので当然のことだとは思います)。
その結果として、そうしたアメリカの企業が販売し、アメリカ国内で既に多く流通しているフルサイズのチャックが、シンサイズ規格であったG.BOLEYの旋盤には装着が出来ないことになってしまいます。G.BOLEYとしては、商品展開を進める上では、その状況を見過ごしておくわけにはいかなかったのではないか…。
これはあくまでも私の推論です。
こうしたフルサイズチャックは、G.BOLEYに限らず、多くの旋盤に装着が出来ずに、私が仕事を進める上で普段から苦労させられているチャック達です。
しかし、例えばDERBYSHIREのチャックは精度が優秀ですので、一方的に排除してしまうのには惜しいところがあります。そこで、下記に記載いたしますように、加工をして装着可能な状態にして販売をしております。
また他の要素としては、他の旋盤メーカーを含めて、コレットチャックやユニバーサルチャックを自社製造していなかったことが、おそらく様々な齟齬を生み出してきた一因となったのではないかとも考えております。
製造を委託している企業を、何らかの理由で変更しなければならなくなったといった類の騒ぎはどのメーカーにもあったようで、その際に微妙な差異が生まれたといったことも十分に考えられます。
これはほんの一例であり、また完全に想像に域をでておりませんが、WOLF JAHNのコレットチャックは、精度の良い物と、全く関心しない物との差が大きすぎると感じてきました。それぞれが異なった2つの企業で製造されていたとすると腑に落ちてくれるのです。
今回この記事を書くことにしたのは、なにもG.BOLEYをおとしめることを目的にしているわけでは決してありません。
多くの方が信頼を寄せるメーカーであっても、こうした不均一な製品が出回っているのだという現実をお伝えしたいが為に、あえて具体的なその一例を書かせていただいた次第です。
時計旋盤に関して海外で書かれた技術書などには、メーカーごとのチャックのサイズやネジピッチなどを一覧表にしている記事などを目にいたしますが、現実的にはそのように明確に述べることが出来るような単純なことではないということをお伝えしたいがためです。
ここで明確にしておきたいのですが、時計旋盤に詳しい人の中には、チャックのボディー寸法(直径)は、旋盤を精度高く稼働する上で重要で、その部分とスピンドル内径部が接触をしていることが重要なのだと主張される方がいられます。
確かに、SCHAUBLIN社にチャック購入の問い合わせをしますと、当社の旋盤で使用するのかと聞かれ、そうでない場合は、上記の点を理由に精度が出ないので使用は出来ないと言われると聞いております。
確かに、旋盤とチャックを新品で同時に購入する場合には、チャックのボディー部分を精度出しの要素として利用することが出来るでしょう。
しかし、これまで述べてきましたように、たとえ同一メーカー間であっても、年代によっては微妙な差があることの方が普通であり、ましてや使い込まれた物は、錆対策で磨かれてきた履歴を持っているはずです。
また中古市場で一般的に流通しているチャックセットでは、いくつものメーカーが混在した物の方がむしろ一般的ですらあり、その直径は当然微妙に違っています。
そのような不均一な状態のチャックであっても良い精度で使用できることを目指すしかないのが、一般的なユーザーの現実なのだと考えております。
口幅ったい話になって恐縮ですが、私の造る旋盤は、チャックのボディー部を精度だしに利用しないことを前提として整備を行っております。
また、チャックセットの中にどうしても混在しているフルサイズのチャックは、旋盤がシンサイズの場合では、すべてシンサイズに加工をして供給させていただいております。当然ですが、そのことで精度に差が出ることは一切ありません。
しかしながらその場合も、できる限り真円に近い状態でサイズを落とすように常に心掛けてはおります。
すこし話が横にそれますが、時々スピンドルのダボが外された状態で流通している旋盤を仕入れることがあります。中古時計旋盤を何度か入手されてきた経験のある方はよくご存じだと思います。
それ以外にも、チャックのキーウェイ溝を深く加工し直してある物も散見いたします。
これらは、多くの場合でダボの存在がチャック装着の可否の原因になっていると考えるユーザーが多いことに起因しているのだと推察いたしております。
しかしながら、前述いたしてまいりましたように、その原因はスピンドル内径が小さいことにありますので、ダボが巨大である場合はまた論外ですが、ダボを取り去っても何の解決にもなりません。
一方で私は、入手したチャックセットは、できる限りそのセットのままで販売するように心がけております。
一人の技術者が使用してきた利用履歴がそのセットに反映されているからというのがその理由です。
全品チャックをしなくとも、ある程度の検品で状態の把握ができるからです。
サイズ的につながりが悪いところには、経費を掛けてでも、個別に仕入れたサイズを足すということはいたしておりますが、それは私が販売しているセットのように、つながりの良いセットはそうそう存在しておりませんので、この点では使用上の利便性を優先しております。
今回はチャックの直径に起因する装着の可否について書かせていただきましたが、次回は続きとしてチャックのスレッド(ネジ部)のピッチや外径などに起因する装着可否について書いてみたいと思っております
2023年07月22日 18:15
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